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Shigemi Takajo
AudioSystem

 
 
「ガラクタ部屋」のオーディオシステム 
 
 

 

 

再現が難しい虫の音に挑む

1958年(昭和33年)頃から開発当初の最新テープレコーダーを使って、ナマの音をステレオで録音再現する実験が始まりました。ネコの声を録音したレコードがありました。ニャーニャードタバタ、ものすごい迫力のレコードでした。父はこれに刺激され、庭にネコを集めてドタバタ声を録音しようと思いついたのです。ネコが集まるというマタタビの粉を買って庭で焚いたり、魚の燻製を焼いたりしてネコを集めようと努力しましたが、臭いと煙がすごく近所迷惑なだけでネコは集まりませんでした。

 

ネコのドタバタ声は諦めましたが、真夜中の静粛な空間でリーンリーン、コロコロときれいな音で鳴くスズムシやエンマコオロギの繊細な鳴き音に感動して虫の音の録音に切り替えることになりました。これがきっかけになって虫集めが始まりました。エンマコオロギ、スズムシ、マツムシ、カネタタキ等々。夕暮れにこれらの虫を父と一緒に捕りに行くのですが、捕り方はユニークでした。虫が鳴く草木の前で傘を逆に広げて持つように言われ、父が草木を揺らして傘で捕る、という何だか雑な捕り方でした。

  

いつの間にか勝手口に虫カゴがいくつも並んで置かれるようになり、夜は虫の音がうるさいと感じるほどでした。リーンリーン、コロコロ、リリリリ、チンチロリン。父はコロコロと鳴くエンマコオロギの音が一番のお気に入りでした。エンマコオロギはコロコロと鳴くコロラトゥーラ・ソプラノ、鳴く虫の女王カンタンはルールーと鳴くアルトの声だそうです。秋になると繊細に鳴く虫の音を家の中で楽しむことができました。

 

この時録音した虫の音を「ガラクタ部屋」のホーンスピーカーで聴くことがよくありました。スイッチが入った途端、目の前に真夜中の静粛な空間が現れます。その後静かに鳴きだす虫の音が聞こえてくるのです。リーンリーン。そしてコロコロ、コロコロ。部屋の中で聴く虫の音は再生音とは思えない繊細できれいな音です。夜中の庭にいるかと錯覚してしまうほどの情景が広がるすばらしい出来栄えでした。

 

この虫の音、高音用スピーカー(トゥイーター)の高性能化に大いに貢献したそうです。虫の音の再現ほど難しいものはないとのことでした。鳴く虫の音がナマさながらに再生できるようであれば、その録音装置も再生装置も相当なものと判断できるそうです。

 

 

出張録音の再現を楽しむ

オープンリール電池内臓の携帯用テープレコーダーが出現すると、出張録音も本格的になっていきます。カセットタイプのテープレコーダーがなかった時期なので大型でかなりの重量がありましたが、どこに行くにも持ち歩いていました。

 

祖母が亡くなった時には東京から福岡まで携帯用テープレコーダーを持参し、一周忌法要の読経をお寺の本堂で録音しました。熊本に寄った後、観光で阿蘇山の火口まで行きましたが、火口にも長い時間マイクを向けていました。この録音を「ガラクタ部屋」で聴いてみると、お寺の本堂にいる様子はナマさながら再現されましたが、阿蘇山の火口の録音は残念ながら聴かせてもらえませんでした。

 

イベントやお祭りの録音も多くありました。羽田神社(大田区)の羽田まつりの笛と太鼓の迫力ある録音は大変なお気に入りで、お見えになった方には再生して聴いてもらうことが多くありました。

 

大晦日の除夜の鐘も録音しています。自慢の録音は祐天寺(目黒区)の除夜の鐘の録音です。除夜の鐘と初詣にお参りする人々のにぎやかな音に加え、太鼓や鐘、お経、おみくじの箱を振る音が生さながらに再現されたものです。大晦日に祐天寺の本堂に行って録音を依頼したところ、祐天寺の鐘にはヒビが入っていて録音には不向きと説明してくれたそうです。ヒビ割れた特徴ある鐘の音がナマさながらに再現できて貴重な録音になったのだと思います。父はこの時のおみくじの箱を振る音が心地よいといって大変気に入り、古物店でこの箱を見つけて買ってきてしまいました。おみくじの箱を振っては録音再生していました。

 

このときから、大晦日の日は除夜の鐘を録音しに行くのが恒例になりました。私が車を運転できるようになってから、大晦日には遠でして録音に行くようになりました。最も印象に残っているのは、深大寺(東京都調布市)の除夜の鐘。大勢の参拝者が代わるがわる鐘をつく様子を見るのは初めてで、大晦日のイベントといえばこの光景を思い浮かべます。

 

横浜港では船が一斉に年明けを祝う汽笛と大歓声に立ち会うことができました。これらを録音した時のものはどれも迫力あるもので、「ガラクタ部屋」で再現された情景は忘れられないものとなりました。

 

話は戻りますが、1968 年(昭和43年)になると録音機器はさらに高性能になり、演奏会のライブ録音も積極的に行うようになりました。喫茶店や教会で開催された室内楽から奏楽堂(旧東京音楽学校奏楽堂)で開催された東京芸術大学芸術祭など、オープンリール38㎝/s電池内臓の携帯用録音機と高性能マイクを持ち込んでの録音でした。

 

教会で行われた前衛音楽では奇声を発しビール瓶をその場で割る演技も含まれていて、激しい舞台の様子が驚くばかりの鮮やかさで録音されていました。東京芸術大学芸術祭はフランスの作曲家ジョリヴェを迎えての学生や講師の演奏でした。ステージで演奏を聴いていたジョリヴェの隣で録音ができたようで、この日の録音は忘れがたい経験になったと後に記していました。

 

カセットタイプのテープレコーダーが発売されると、出かけるときはいつもカセットテープレコーダーを肩から下げて持ち歩いていました。海外旅行の際にも持参していました。オープンリールタイプのテープレコーダーに比べれば音質は劣りますが、どこにでも持ち歩いて気軽に録音することができるので、思いがけず貴重な記録となることも多々あります。マチュアならではの録音の楽しさを満喫していたと思います。

 

 

次回は「建て替えで進化したガラクタ部屋」 

 

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